2004年に『負け犬の遠吠え』で、女性達の生き方を鋭く描いたエッセイで一躍話題となった酒井順子さんが、昨年秋に発表した本『ユーミンの罪』(※)がにわかに話題となっています。

著者の酒井さんは、ユーミンの歌が発表された当時の女性達の恋の仕方や、生き方全体を映し出す鏡として、また生き方の流行を左右するオピニオンリーダーとしてユーミンの与えた影響を一つの「罪」と呼んで考察をしています。

 

■ 女性の自立と助手席

ユーミンの歌の歌詞には、ドライブしている情景を歌ったものがいくつもありますが、そのどれも女性が「助手席」に座っている視点での歌詞が多いことを、酒井さんは指摘しています。男性に簡単には服従せず、生き方にも恋の仕方にも自立を感じさせつつも、“助手席感”をキープしているというのです。

強いキャラクターの女子でも、自分で運転してしまったらカッコ悪い、いざという時は彼氏が迎えに来てくれるというのが筆者の学生時代も一種のステイタスだったように思います。

ちょうど筆者が社会に出た1996年、四大卒の女子学生が短大卒の女性学生を上回り、「一般職」が急速に消えていきました。ですが働く現場でも、女性が一人前に扱ってもらうにはまだまだ時間のかかる時代でしたし、いざという時は一歩引くのが女性というもので、そういう女性がモテた時代だった気がします。

 

■ “つれてって文化”

ユーミンといえば「SURF&SNOW」。1980年代、夏はサーフィン、冬はスキーがいかにも独身時代に謳歌する遊びの象徴だったのではないでしょうか。

しかしながら、ここでもユーミンの歌に出てくる女性はサーフィンやスキーをする「あなた」を見ているのであって、自分は主体者ではないのです。同じアルバムに収録されている「まぶしい草野球」においても、野球をするのは「あなた」つまり男性です。酒井さんは女性がスポーツする場に連れて行ってもらって見守る形を、“つれてって文化”と呼んでいます。

極めつけは、大ヒットソングの「恋人がサンタクロース」。歌詞にある「となりのおしゃれなおねえさん」は「ある日遠い街へとサンタが連れて行ったきり」なわけで、おそらくは結婚もつれて行かれるものだったのでしょう。今は女性からのプロポーズも珍しくないのに。

 

いかがでしたでしょうか?

こうしてみると、改めて女性が主体性を持って生きるようになるには歴史があったことを感じます。酒井さんは、ユーミンが歌でこの一歩引いたスタンスを肯定してしまったことこそが「罪」であると述べていますが、筆者はそれも一つの女性の進化の過程なのではないかと思います。ユーミン世代の皆さんもそうでない方も、是非ご一読を!

[執筆:藤崎 葉子(キャリア アドバイザー), 2014年3月7日]

 

【参考】
酒井順子(2013)『ユーミンの罪』講談社現代新書