大晦日。除夜の鐘が聞こえてくると、今年を振り返り、新年を迎える気持ちが高まりますよね。除夜の鐘の数「108回」は、仏教における煩悩の数…とは言われますが、「煩悩」の具体的な内容をご存知でしょうか? 「ねえねえ、108の煩悩って何?」と我が子や甥・姪に質問されて、あなたは答えることができますか?

 

■ 除夜の鐘はなぜ108回?

除夜の鐘とは、大晦日の夜から日付が変わり新年を迎える0時を挟んで、お寺でつく鐘のこと。除夜の鐘の回数は「108回」。これは、仏教思想における煩悩の数が108だからと言われています。鐘をつくことでこれらの煩悩を1つずつ取り除き、清らかな心で正月を迎える準備をします。108回の鐘のうち、最後の1回は年が明けてから。その理由は、新しい1年を煩悩に惑わされぬようにという意味を込めているそうです。

 

■ 「108の煩悩」とは?

そもそも「煩悩」とは、仏教思想における「心を惑わし、身を悩ませるもの」のこと。

実は、「108の煩悩」については諸説あるようです。ここでは主な2つをご紹介します。

説1. 108というのは「とても多い」ことを示す数で、何か具体的な内容を指すわけではないという説。―『web R25』天台宗・神木山等覚院(神奈川県川崎市)の僧侶・中島光信さんの話より(※1)

説2. 眼・耳・鼻・舌・身・意の「六根」の各々に悩みが6つあって計36、これを過去・現在・未来の3つにそれぞれ配するので、36×3で合計108とする説。―『大辞泉』「百八煩悩」より(※2)

説2に書かれている「六根」って聞きなれない言葉ですよね。「六根」について、曹洞宗 龍昌寺の法話集の中に分かりやすい解説がありましたので引用させて頂きます(※3)。

煩悩とは分かりやすく言えば、愛着、執着のことで、自分にとって離しがたい、捨てがたい感情感覚なんですね。この原因は六根、つまり眼耳鼻舌身意にあります。眼で色を、耳で声を、鼻で香りを、舌で味を、身で感覚を、それ以外のものを意(こころ)で受けとるわけですが、受けとることによって感情が作用し、執着が生まれ、煩悩となるのです。

 

いかがでしょうか? 何となく分かっていたつもりの「除夜の鐘は、煩悩の数の108回」という話。調べていくにつれ筆者は、仏教思想の奥深さに改めて気がつきました。除夜の鐘に思いを馳せながら、素敵な新年をお迎えください。

[執筆:嘉納 夢子, 2014年12月31日]

 

【参考】
※1. 『web R25』「煩悩“108つ”の中身が知りたい」2013年10月14日
※2. 『デジタル大辞泉』「百八煩悩」より
※3. 曹洞宗 龍昌寺「12月の法話集~なぜ煩悩は百八なのか~」