男女関係の機微が描かれていることも多い古典の文学作品。平安時代の9世紀から10世紀にかけて作られた歌物語である伊勢物語の二十三段には、そんな男女の機微が描かれたお話が収められています。今回は、高校の古典の教科書に載っていることも多い、この二十三段の「筒井筒」から夫婦関係の機微を学んでみましょう。

 

■ 男は生活苦からよその女のところへ通うように…

「筒井筒」の夫婦関係に関する部分を、ごく簡単に分かりやすく意訳してみますね。

あるところに幼馴染の間柄から夫婦になった男女がおりました。月日が経ち、妻の親が亡くなり、生活が苦しくなってきたこともあり、男はよその女のところに通うようになりました。ところが、男がよその女のところに行くようになっても、妻がイヤな素振りを見せないことから、男は妻に他に男ができたのではないかと疑い、男は女のところに行った振りをして、隠れて妻の様子を見ておりました。すると、妻は綺麗に化粧をして、心配そうに「あの人は、真夜中に竜田山を一人で越えているのかしら」と歌を詠みました。そして、それを聞いた男は妻のことを愛おしく思い、妻の元に戻ってきたのでした。

 

■ 健気な妻の大逆転には、現代の私たちにも学べる要素が!

さらに、この話には、この男は通うようになったよその女に対して、最初のうちは奥ゆかしかったその女が今は気を許して侍女も使わず自分でしゃもじを持ってご飯をよそったりする姿に幻滅して、ますますその女のところには行かなくなってしまったという続きもあります。それもあってか、私が高校の古典の授業でこの「筒井筒」を学習した際の感想は「なんだ、この男……」でした。

しかし、夫婦関係カウンセラーとなった今は、「なんだ、この男……」という思いは拭い去れないもののメインの感想は「この妻は凄い!」に変わりました。筆者の日々のカウンセリングからも、この妻のような行動はなかなかできるものではないことがよく分かるからです。

 

夫に対して「こっちはこんなに大変なのに一体どこで何してんの?! 」と思ったときには、この「筒井筒」の妻のように、あえて「遅くまでお仕事お疲れさま。今日も頑張ってくれてありがとね」とメールしてみるのもいいかもしれません。

鬼の形相で「なんでこんなに遅いの? 一体どこで何してたの?」と問い詰めるよりも、その健気さにグッときてもらえる可能性は高いかもしれないのです。

[執筆:糸瀬 彩湖(行政書士/夫婦カウンセラー), 2015年11月21日]

 

【参考】
内田美由紀氏による伊勢物語のWEBサイト
※ 写真:チンク / PIXTA、本文とは関係ありません