多くのプレママは、赤ちゃんが生まれた後の幸せな生活を夢みています。赤ちゃんの傍で微笑みあうパパとママというような絵を思い描いているかもしれません。しかし、退院して自宅のドアを開けた瞬間から、慣れ親しんだ自分のライフスタイルは消え、情け容赦ない怒涛の生活が待っています。
多くのママが「こんなの聞いてない!」とショックをうけ、恐怖にさえ包まれる…。子育てによるパラダイムシフトともいえるこの変化。どのようなことが起きるのでしょうか?
■ 全責任はワタシにある?
産まれたばかりの赤ちゃんはとても無力に見え、「自分がいなければ生きていかれない」という重責に潰されそうな気持ちになります。あるママは、「代わりにおむつを替えようか?」という夫の言葉に違和感を覚え、「全責任者は夫ではなく私にあると思うと恐ろしくなりました」と。この責任感は、子供の傍を離れているときでもママに重くのしかかります。
■ 伝える言葉を持たないママ業の困難
帰宅した夫に「今日、ママ友と子連れでカフェに行ってきたの」と報告したママは、夫の顔から「ああ、今日はゆっくりしてきたんだな」と思っていることが読み取れて、落胆したといいます。彼女の本音は、「子連れでカフェに行くということは、コントロールのきかない野獣のようなものを連れて公の電車にのり、カフェという策のないスペースの中で、隣人に気を遣いながら、自由奔放にふるまう我が子に必死でルールをおしえる。普段のうっ憤を晴らそうにも、頻繁に話は中断させられるし、まともに料理さえ食べられない。旦那には、私の一日の労を理解して慰めてほしかった」ということ。
ママ業とは、苛酷な環境下、知力、体力、精神力を総動員してやっと成せる業なのだと思います。
■ママ業がビジネス業と同じようには評価されない
7割のプレママが仕事をしており、ビジネスマンとしての自信をもっています。それが産後、その自信がガラガラと崩れて落ち込んだという話もよく聞きます。その理由のひとつは、子育てに明確な成果が見えにくいから。仕事では努力したことに対して、成果と評価がついてきたのに対し、子育ては、昼間どんなに上手に子供をあやしても、夕方には不機嫌になって、昼間の苦労が報われなかったような気持ちになります。
自分も周りも、“見えない成果”に対して、偉大なママ業を成したとは捉えない。このことが、ママたちが世の中から取り残されているという不安感に繋がっているのだと思います。
こんなに大変なママ業ですが、日々の成果が見えにくいだけで、20年後、30年後に大きな花を咲かせる偉大で欠かせない仕事なのです。もっとこのコトに注目し、日々のママ業を評価し、周囲全体でママを盛り上げていくことが、独り悩むママを減らし、子供を産もうという女性を増やし、社会全体が活気づいていく原動力になっていくのではないでしょうか。
[執筆:マキコ・アサエダ(産後ライフプランナー)]
【参考】
※ 厚生労働省「平成23年版 働く女性の実情」PDF
※ ナオミ・スタドレン (2012) 『赤ちゃんのママが本当の気持ちをしゃべったら?』 ポプラ社