この記事は、在宅介護で起きる人間関係のトラブルを、母娘問題研究家である守帰朋子が解説します。なお、この記事に書いている「在宅介護」の定義は、同居に限らず近距離に住み、ケア施設や病院には入居していない方の介護を対象としています。
目次
1.コロナ禍で在宅介護に起きた問題
コロナ禍における介護者のストレスは、コロナ前と比較して増加したといわれます(※1)。外出制限で不要不急の外出を控え、デイサービスも利用できず、買い物や通院など外出の機会も減少。要支援で自立できていた人も、運動不足で食欲が落ち、筋力も低下すると要介護度が上がります。
また危機意識の違いによって感染対策も異なり、マスク、手洗い、消毒など介護される高齢者に守らせる難しさがありました。要介護度が高く訪問看護を受けている場合は、外部の人との接触に過度に神経をとがらせ、在宅ワークの家族への配慮も加わりました。他府県に住むきょうだいの協力も望めない反面、電話やメールによる安否確認、アドバイスや説教への対応が増えました。手術で入院の場合でも、付添はひとりだけ、病室への立ち入り禁止など、介護される側と介護者の双方に不満足感が残りました。
2.在宅介護のコミュニケーションの注意点
母娘問題研究家の筆者の経験では、在宅介護には、最初の対応を間違うと危険なコミュニケーションの注意点があります。在宅介護を始める経緯はさまざま。親の希望に基づき家族だけで対応すると遅かれ早かれ、立ちゆかなくなります。家族だからという甘えもあり、遠慮のない言葉の応酬が起きます。介護に携わらないきょうだいや親戚を巻き込み、介護者が攻撃されることも珍しくありません。
不幸な事態を避けるには、最初の対応として、自ら「私が対応する」と言わないことです。「絶対に自分が抱え込まない」と事前に覚悟を決めておくことが肝心です。「私が親を看る」「引き受ける」と言ってしまうと、他の兄弟姉妹や親戚が安心して、それ以降、協力してくれにくくなります。ですので、絶対に地域包括支援センター、ケアマネージャー、訪問看護の医師や看護師など専門家に相談してから、その時々のベストな方法を選択すると決めること。専門家のアドバイスだと言えば他の親族にも説明しやすく、介護以外のストレスの軽減に役立ちます。繰り返しますが、家族からのプレッシャーや責任感に苛まれても、絶対に自ら「私が親を看る」と安易に言ってはいけません。
ある調査(※2)では、在宅介護負担ランキングとして、介護者が女性の場合には、1位は「コミュニケーションの問題」、2位が「精神面での負担」が挙げられています。介護者が男性の場合は、1位が排泄介助、2位が食事の介助です。娘が母を介護する割合が多いことと無関係ではありません。子育てや介護などケア役割を女性が担い、相手の気持ちを察して行動するよう教えられてきた結果を反映していると言えます。
筆者が、母娘問題のご相談を受けるなかで、相談者の年齢が40歳代を超えると親の「在宅介護」の課題がかかわってくることが多いです。その傾向を「傾聴の5つの罠」「感情の5つの罠」としてお伝えします。
3.在宅介護 「傾聴」の5つの罠
まずは、「傾聴」つまり「相手の話をしっかり聞く」という一見よいことのように見える行為における罠として、代表的なもの5つがあります。
1.共感疲労→ネガティブな話を聴き続け疲労困憊/不安の伝染
2.何度も話し記憶を改竄・捏造・脚色 →事実かどうかは関係なし/記憶の反芻・強化・執着
3.症状を聞かれると「悪いところ探し」→不安が増大
4.「話したことは即実行」と思い込む→信頼関係が損なわれる
5.悲劇のヒロイン化→自己正当化/同情されると得をする
親の言動に事実誤認や性格の先鋭化が見られる場合、子どもは冷静、丁寧な説明を心がけること、認知症であっても物事の理解力がすべて失われるわけではないから、根気強くコミュニケーションを取ることが必要であり、それは残っている理解力を維持するために役立つと言われています。傾聴は、介護の基本です。
聞き上手な介護者が注意すべき罠の第一は、「共感疲労」です。身体の不調、ネガティブな話を聴き続けるとエネルギーが吸い取られ疲労困憊。話し手の不安も伝染します。
話し手にも問題が起こります。何度も話すうちに記憶を反芻し、改竄や脚色も起こります。事実かどうかは関係なくなり、その話に執着する危険もあります。
例えば、5つめに挙げた「悲劇のヒロイン化」は、不幸自慢して、自分を正当化して悪いのは周りの人だという話を繰り返します。同情され得をした経験があれば、なおさらです。症状を聞かれると「悪いところ探し」が始まり、ますます不安になります。また「話したことは即実行される」と思い込むと、「頼んだのにやってくれない」となり信頼関係が損なわれる結果となります。
4.在宅介護 「感情」の5つの罠
次に在宅介護でおこる「感情」面での罠です。
1.老化による親の変化→喪失感
2.親を失うことの恐れ→不安感
3.子どもの頃の嫌な思い出→嫌悪感
4.期待にそえない→無力感
5.うまくできない未熟な自分→ 罪悪感
老化による親の変化を受け入れられない子どもは、親を失う「喪失感」を味わいます。見たくないからと親との接触を避ける場合もあります。一方、親を失うことへの「不安感」から、仕事に手がつかなくなる人もいます。介護に直面するとよくあるのが、子どもの頃のイヤな思い出との遭遇。親への「嫌悪感」が湧き出し、そう思う自分への「嫌悪感」で苦しみます。親や周りの期待にそえない、自分の未熟さを思うと「無力感」や「罪悪感」にさいなまれます。このような感情の罠にとらわれると介護が一層つらくなります。
感情の罠にはまらないためには、感情と責任の境界線をリセットすること。現状を受け入れ、これだけのことをしたのだから認めてもらえるはず、昔のしっかり者の母親に戻ってほしいなどという希望や期待を手放すことです。
5.これって毒親? 加齢による性格の先鋭化と老人性うつ
加齢により五感が(聴力・視覚・嗅覚・味覚・触覚)衰えます。できないことが増えると気難しくなり、理性の働きが低下し、感情のコントロール力が弱まると「性格の先鋭化」が起きます。介護者への暴言、暴力も増えます。
先鋭化とは元々の性格が「際立つ」こと。頑固な人はより頑固に、怒りっぽい人はキレやすく、悲観的な人は些細なことで過剰に悲しむなど。毒親育ちの人はさらに対応が難しくなり、そうでない人も「毒親なの?」と思うほどのストレスを抱えます。
「老人性のうつ」が先鋭化の原因となる場合も多く、身近な人やペットの死など「心理的要因」、退職、子の独立、転居など環境的要因があります。頭痛、食欲不振、肩こりなどの身体的不調を頻繁に訴え、検査を受けても特に異常が見当たらない場合は、うつ病を疑ってみてください。うつ病は早期に正しく治療をすれば治る病気です。認知症との見分けが付きにくく周囲も本人も知らない間に悪化するので注意が必要です。
対処法としては、親自身が自分で記録をつけられるのであれば、認知症になる前に習慣化させておくこと。入ってきた情報を書き留め、何度も読み返すことは事実誤認や妄想を防ぐためには有効。また子どもがメモを作成して親に渡し、親が定期的に読み返す方法もあります。
こうした行為が、記憶違いを防ぐだけでなく脳の老化を遅らせ、性格の先鋭化によるトラブルも減らすことができます。親の「死にたい」に対して「そんなことを言っちゃダメ」とか「またはじまった」といった正面からの反発や否定の言葉は言わないことが大切です。
6.在宅介護におけるモラハラ―親が毒親に見えるとき
モラハラとは、人格や尊厳を傷つけて心身ともにダメージを与えるような嫌がらせ、モラルハラスメントの略称です。弱い立場と思われがちな介護される側が、介護者に対して行うモラハラには次のようなものがあります。
1.「親不幸者!」「冷たい!」という攻撃
2.外面はよく、介護者には「役立たず!」など暴言を吐く
3.介護者に経済的負担をかける
毒親育ちの場合はトラウマもあり、フラッシュバックや過呼吸など自身の体調も悪化します。親との接触を避けるようにとケアマネージャーからアドバイスされる方もいます。
7.親も介護者も安心! 介護チーム間の情報共有
介護は突然始まり、先が見えません。介護者にとっての最優先事項は自分自身の健康維持。そのためには「ひとりで抱え込まないこと」「親の価値観に縛られないこと」が重要。「できるところまでやってから」はNG。燃え尽き寸前では、気力も余力も不十分。介護が始まる前に親の居住地の地域包括支援センターに相談し情報を集め、準備ができれば安心です。実際に介護が始まれば、ケアマネージャーや介護ヘルパー、訪問医や看護師などと情報共有し、互いに知らない親の情報を共有しましょう。専門家チームで見守ることで、親の認知症の症状が改善されたり、発達障害やパーソナリティ障害のグレーゾーンに対応する方法をアドバイスしてもらえたりもします。介護に直接加わらないきょうだいにも説明ができ、誤解や無理解から来る攻撃も避けられます。親にとってのよりよい介護をしているという思いが、介護者にとって精神的ストレスを軽減します。
8.まとめ
以上のことから、自宅で親を介護する在宅介護になった場合には、自分だけで対応する事態を避け、「傾聴」と「感情」の罠があることを念頭に置きつつ、チームで介護にあたることが大切です。とくに毒親育ちの方は、責任感が強く我慢する傾向が強いため、親と適度な距離を保って自分の生活を優先させることを忘れないでください。
[執筆:守帰 朋子(母娘問題研究家)]
【参考】
※1.NHK報道『どうなる? withコロナ時代の在宅介護』(記事公開:2020年7月27日より)
※2.PR TIMES掲載(2021年8月18日)、医療法人社団風林会 リゼクリニック、「【2021年「敬老の日」直前/40~50代男女1100名に聞く「老後と介護」調査】老後に備え「介護脱毛、希望」(女性54.9%、男性31.1%) ~ 男性の『介護脱毛』認知度は前年と比べ3倍増加」より
※画像:bee / PIXTA(本文とは直接関係ありません)