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AI時代に外国語を学ぶ意味とは?海外20年の日本語教師が考える
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AI時代に外国語を学ぶ意味とは?海外20年の日本語教師が考える

AIという言葉が頻繁に聞かれるようになった昨今、AIによる自動翻訳もあるし、もう外国語を学ぶ必要はないと思っている中高生の皆さん、また子どもから「なぜ英語を学ばないといけないの?」と質問されて答えられない親御さんや先生方に向けて。「外国語を学ぶ意味とは…?」海外在住20年以上、フランスとドイツに住んだ経験があり、現在もフランスで暮らす日本語教師である筆者が、「言葉を話すとは、単に単語を置き換えることではない。機械が変換してくれた言葉で相手を理解し、理解されたと思うことには大きな落とし穴がある」と考える理由について、具体的なエピソードをもとにお伝えします。

エピソード1.謝りすぎる日本人

まず、言葉というものは、それぞれの単語の置き換えではなく、その背後にある考え方の反映です。例えば、日本では礼儀として、「申し訳ない」という言葉を多用しますが、これを外国語にそのまま訳してしまうと誤解されることもあります。例えば私の住むフランスでは“謝る”のは本当に悪かったと認める時に限られるため、逆に「なんだかこの人は謝ってばかりで胡散臭い」ということになります。また、「お疲れ様」という労いの言葉も、そのまま訳すと不自然であり、まして「愚妻」などというへりくだった言葉は、「自分の妻をバカだというなんて、どういうことだ?」と理解不能という感じになってしまいます。

また逆に、フランス語では「申し訳ない」という相手を慮った言葉を文章に付けることがないので、フランス語の言葉を日本人に伝える時には、そういった言葉を挟んで、コミュニケーションが円滑にいくように通訳したこともあります。

エピソード2.「すみません」は「ありがとう」の意味もある

次に、言葉というのは、単語が意味する範囲が必ずしも同じではありません。日本人は、無意識のうちに「すみません」という言葉を「ありがとう」の意味で使っています。これは、「あなたに迷惑をかけているのに、あなたは私のために○○をしてくれて、ありがとう」というところから、二つが重なった意味を持っているのですが、外国語に訳す時は、「ありがとう」は「ありがとう」であり、「すみません」ではない、ということを知る必要があります。

エピソード3. 大丈夫ってどういう意味?

さらに、言葉というのは使うシチュエーションによって、反対の意味を表すこともあります。例えば、最近は日本で「大丈夫です」という言葉がよく使われているようですが、これは、大丈夫(問題ない)という意味の時もあり、また断りの意味の時もありますよね。「結構です」と言う言葉も判断が難しい言葉です。

フランス語においても、たとえば「これ、すごくいい!」と言うときに、逆に「全然悪くない(Ce n’est pas mal du tout )!」という表現を使うこともあります。これは逆に強調する言い方ですが、どちらを意味しているのかが分かりにくい言葉です。

あなたはお店に入る時に、何か言いますか?

最後に、言葉というのは使うタイミングも同じではないということがあります。例えば、フランスではお店に入る時、店員さんに向かって「Bonjour(こんにちは)」と言い、何も買わなかったとしても、店を出る時は「Merci(ありがとう)Au revoir(さようなら)」と言います。しかし、日本では黙って店に入って、黙って出るというのは普通ですよね。だから、フランスではお客さんが何も言わずに店に出入りすることは失礼にあたるし、逆に日本で店員さんに「こんにちは」「さようなら」というのは、感じはいいかもしれませんが、習慣的には不自然ということになります。このように、言葉は使うタイミングも違うことがあるのです。

言葉は額面通りに受け取るものではない

こういったことは、「日本」対「他の国」に限られることでもありません。例えば、フランスは貴族文化的であり、ちょっと日本に似た「額面通りに受け取ってはいけない」部分もあるのです。ノルウェー人と結婚している私のフランス人の友人は、彼女の実家にご主人が泊まっていた時、彼女の両親に向かってご主人が「お手伝いしましょうか」と尋ねたところ、「いいえ、いいです」と言われたため、手伝うのをやめたことを「一度断るのは礼儀なのだから、もう一度聞いてくれればよかったのに…」とぼやいていました。

また、フランス人とドイツ人が口論になったとき、フランス人は皮肉な笑み浮かべていたのですが、口論のあと、ドイツ人は私に「怒るときに、ニヤニヤしているなんておかしい。フランス人は何を考えているのか分からない」とぼやいていました。これは、言葉と態度が一致していない例ですね。

このように、世界の国々の間には、言葉や習慣のグラデーションがあるということを知る必要もあるのです。

まとめ AI時代に外国語を学ぶ意味

言葉というものは、機械的に置き換えただけでお互い理解をできるものではないということがご理解いただけたと思います。

言葉は、それを使う人の考え方や性格によって作られていると言えますが、言葉が逆にそれを使う人の考え方や性格を作っているという面もあり、なぜそのような言い回しをするのか、ということを理解することが、相互理解につながるのです。言葉の違いやそれを使っている人の考え方の違いを理解することができれば、なぜ自分がこのように考え、このように語るのかということも見えてきます。そうなった時にはじめて、相手に対して「私にはこういうバックグラウンドがあるから、こういうコミュニケーションの方法をとるのです」と言うことが語れるようになり、そして「あなたは、こういうバックグラウンドだから、こういう考え方なのですね」と、お互いにより分かりあえるようになると思うのです。もちろん、言葉を学ぶことによって、「〇〇人だから」にとどまらずその人「個人」を知ることが可能となり、真のコミュニケーションが生まれるのです。

以上のことから、AIはコミュニケーションの入口になることはあっても、真のコミュニケーションのためには、やはり外国語を学ぶことは大切であり、AIに頼ることには大きな落とし穴があるということを知っていただきたいと思います。

[執筆:ベラール 聰子(日本語教師/海外子育て日本語教育サポート)]

※画像 :PIXTA

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